の眼光と頑丈な硬い掌とに、青木はぞっと身が凍る思いをした。その感じが、あの喜劇のさなかを妻の登志子に覗かれた瞬間の感じと、ふしぎに相似たものがあって、青木は更にぞっとした。
青木は反抗的に言葉を探して、ばかなことを口走ってしまった。
「私は今西巻子を少しも愛してはいません。然し、あの女は、あなたと気が合いそうです。ほかのことに使ってごらんなすったら、屹度役に立つだろうと、私は思います。」
余計なことを言って、失策ったと思い、青木は唇をかんだ。石村は冷かに答えた。
「ああ、考えておこう。」
青木はくるりと向き返って、扉から出て行った。そして証券会社の扉の前で、ちょっと躊躇したが、只今の失策がまた胸に来て、中へははいらず、足早に通りすぎてしまった。
底本:「豊島与志雄著作集 第五巻(小説5[#「5」はローマ数字、1−13−25]・戯曲)」未来社
1966(昭和41)年11月15日第1刷発行
初出:「新潮」
1952(昭和27)年6月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年2月23日作成
青空文庫作成ファイル:
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