かおれぼう》に背広服をつけ、ダイヤかなんかのネクタイピンを光らせ、時計の金鎖を胸にからませ、べっこうぶちの眼鏡《めがね》をかけています。けれども、眉《まゆ》から鼻から口もとまで、そっくり同じです。
へんな紳士でした。トニイがやたい店にぼんやりしていました時、その紳士が一人で通りかかって、しばらく絵はがきをあれこれ手にとってながめて、一枚も買わずに立ち去りました。それから戻ってきて、笑いながらいいました。
「絵はがきの代はいらないのかい」
「どの絵はがきですか」とトニイはたずねました。
「はははは、君はぼんやりだな。これだよ」
彼は上衣《うわぎ》のポケットから絵はがきを四五枚とりだしました。みなトニイの店にあったものなんです。
「どうだい、気がつかなかったろう」
「なあんだ、さっきごまかしたんですね。よし、も一度やってごらんなさい。こんどはごまかされやしません」
紳士は絵はがきを手でいじくりまわしました。トニイはその手もとをみつめていました。よろしいという合図で、とったかとらないか、とったならどこにかくしたか、それをあてるんです。ところが、紳士はとても巧妙で、トニイにはどうしても見当《けんとう》がつきませんでした。とったと思っていると、一枚もとっていません。まだとらないと思ってると、四五枚ポケットにしまいこんでいます。カードの奇術《きじゅつ》と同じことでした。
「おどろいたなあ、あなたは奇術をやるんですか」
「なあに、ちょっとしたなぐさみさ。またこんど寄るよ。これは遊びちんだ。絵はがきなんかいらない」
紳士は銀貨を一枚ほうりだして、行ってしまいました。
それから時々、その紳士はトニイの店にたちよりました。いつも酒によってるようでした。そして絵はがきのごまかしっこをして、トニイと遊びました。トニイもだんだんうまくなりました。二人はもう仲よしになって、したしく握手《あくしゅ》をしあうほどになりました。
そして近頃、その奇術《きじゅつ》の紳士が、さっぱり来なくなりました。マリイが店にでるようになってからは、一度も来たことがありませんでした。
その紳士が、マリイの父親と同じ顔なんです。マリイの父親は二年も前に死んでるらしいんですが、どうもふしぎです。それから、マリイのところに誰からともなく届けられたたくさんのお金……。
あの紳士があやしい、あれをつかまえてみよう……とトニイは考えました。
ところで、その奇術の紳士は、どこに住んでるどういう人かわかりませんでした。トニイは困りました。店をだすのもやめて、町の中をあるきまわり、ことに港の方をあるきまわりました。あの紳士がよく海に出るらしいのを知っていたのです。
二三日むだに探しあるいた後、トニイは晩おそく、港のではずれのさびしい海岸にでて、そこのてすりにもたれて考えこみました。
港はあちこちに多くの船がとまっていて、その燈火《あかり》が海にちらちらうつっていました。その間を、いっそうのモーターボートが、すばらしい速力で走ってきました。まっすぐに、トニイがいるさびしい岸の方へやってきました。
おかしな舟だ……とトニイは感じて、物かげにかくれました。
やがて、ボートは岸につきました。その時、一台の自動車が海岸づたいに走ってきて、ボートがついているところにとまりました。ボートから岸へはしごがかけられて、一人の男がのぼってきました。
あの人だ! とトニイはあぶなく叫ぶところでした。照灯《しょうとう》の光にてらされたその横顔、姿、まさしくあの奇術《きじゅつ》の紳士でした。トニイは息をこらしました。
自動車から運転手らしい男がおりてきて、奇術の紳士となにかささやきあい、二人ではしごからボートの中におりていきました。しばらくして、四五人の男が、大きな箱をかかえてのぼってきて、その箱を自動車にのせ、上から毛布をかぶせ、みんなまたボートの中におりていきました。
トニイはそっと物かげからはいだし、自動車のなかにしのびこみ、箱のそばに毛布の中にかくれました。
奇術の紳士と運転手らしい男とは、ボートからのぼってき、二人とも運転手台にのり、そして自動車は全速力で走りだしました。
四
自動車は町にはいり、大きな建物の中庭にはいり、鉄の戸の前にとまりました。
奇術の紳士と運転手らしい男とは、自動車からおりて、鉄の戸の敷居《しきい》のところにかがんで、なにか秘密なあいずをしました。やがて、戸が開かれて、四五人の男が出てきました。
「どうだ」
「上首尾《じょうしゅび》だ」
低い声でそれだけささやきあい、そしてみんな、自動車のそばにやってきて、扉をあけ、箱の上の毛布をとりのけました。
トニイは度胸《どきょう》をきめました。目がさめたばかりのようなふうをして、起きあがってのびをしました。
男たちはどよめきました。一人はトニイにピストルをさしつけました。
トニイは目をこすりながら、自動車から出てきて、あたりを見まわし、奇術《きじゅつ》の紳士に目をとめ、うれしそうに走りよりました。
「なあんだ、絵はがき屋の小僧か。どうしてこんなところにいたんだ」
「ああおじさん、助けておくれよ。誰かへんな奴《やつ》が、僕をつけねらってるんだよ。一生けんめい逃げだして、海岸のところに自動車があったから、その中にかくれているうちに、眠っちゃったんだけれど、ここまで追っかけてくるかも知れない。ねえおじさん、助けておくれよ。おじさんなら大丈夫だ。もうおじさんをはなさないよ。そいつが来たら追っぱらっておくれよ」
そしてトニイは紳士の胸にしがみつきました。
みんなあたりを見まわしました。
「どんな奴だい?」と紳士はたずねました。
「へんな奴だよ。めっかちで鼻がつぶれていて、口が耳までさけてるんだよ。せいの高さは二メートルか三メートルもあって、にぎり拳《こぶし》が犬の頭くらいあるんだよ」
「まるで化《ば》け者《もの》じゃないか」
「うん、化け者だよ。角《つの》もあるかも知れないよ。そいつが、しじゅう僕をつけねらってるんだ。助けておくれよ」
トニイはなおしっかと紳士の胸にしがみつきました。
一同は困ったようでした。何かひそひそささやきあいました。紳士はいいました。
「じゃあ、今夜はおれのところに泊めてやろう。そして明日の朝おくっていってやるよ」
「ああそうしてね。おじさんのそばなら大丈夫だ」
一同は自動車のなかの大きな箱をかかえて、鉄の戸から中へはいりました。階段があって、それをおりていくと、地下室の広間でした。
大きなテーブルがならんでおり、ぜいたくな椅子《いす》がならんでいました。テーブルの上には、酒瓶《さかびん》やコップやトランプの札などがちらかっていて、壁には銃や剣などの武器がかかっていました。
次の部屋にはいくつもベッドがならんでいました。まるで寄宿舎のようでした。トニイはすぐそこに寝かされました。
広間の方では、さっきの男たちが、酒をのんだり、トランプをしたりして、おそくまで起きていました。
トニイはわーっと大きな声で叫び立てました。奇術《きじゅつ》の紳士がはいってきました。
「どうしたんだ」
「おじさん、ついててくれなくちゃいやだよ。あいつが来そうで、僕こわいんだ」
「化《ば》け者《もの》か」
「いつやってくるかも知れないんだよ」
「しょうのない臆病者《おくびょうもの》だね」
奇術《きじゅつ》の紳士は出ていって、やがてまたやってきて、トニイのそばのベッドにねました。
「おじさんは、ほんとにこわいと思ったことがあるの」
「そりゃあるさ」
「どんな時がいちばんこわかったの」
「そうだなあ……二年前、おれの乗ってた船が暴風《しけ》にあって、沈んでしまい、おれは海の上にほうり出されて、まっ暗な夜、板一枚にしがみついて流された時は、こわかった」
「それから、どうしたの」
「救いあげられたよ」
「誰に?」
「今いっしょにいる人たちさ。お前はおれたちを何だと思ってるんだい」
「さあ、何だろうなあ……盗賊《とうぞく》か、海賊《かいぞく》か、密輸入者《みつゆにゅうしゃ》か、むほん人か……」
「はははは、あたったよ、実は海賊なんだよ。人にいったら、生かしてはおかないから、いいかい」
「大丈夫だよ。いいやしないよ。海賊っておもしろいだろうなあ」
「そのかわり、命がけだからね、あぶない仕事さ」
「じゃあ、やめたらいいじゃないの」
紳士は何とも返事をしませんでした。なにか深く考えこんだらしく、トニイが話しかけても相手になってくれませんでした。
五
翌朝、トニイは早く目をさましました。そしてそばの紳士を起こしました。
「僕を家までおくってきてくれる約束だったでしょう」
「だって、昼まなら、一人で帰れるだろう」
「いやだよ。あいつが、化《ば》け者《もの》が、また出てくるかも知れないんだもの」
「ばかだね、お前は」
それでも、紳士はいっしょについてきてくれました。
二人は歩いていきました。きれいに晴れた日で、朝日がうつくしく照っていました。紳士は煙草《たばこ》をふかし、トニイは口笛をふいていました。
トニイはとくいでした。うまくごまかしてしまったのです。紳士をつれて、マリイの家の方へやってきました。
マリイが住んでるアパートの前まで来ると、紳士はびっくりしたように立ち止まりました。
「お前はここに住んでるのか」
「そうですよ。階段や廊下があぶないんだ、いつあいつが出てくるかわからない。僕の部屋までおくってきて下さいよ」
せまい階段を三階までのぼって、奥の部屋まで行き、トニイはいきなりその扉を開いて、紳士をつれこみました。
音をきいて、マリイが出てきました。
紳士とマリイとは、顔を見合わして、そこに棒のように立ちすくみました。マリイはふいに、紳士の胸にとびついていきました。
「お父さん、お父さん……生きていらしたのね。お父さん……帰ってきて下すったのね。お父さん……」
マリイは泣きながら、次の部屋にとびこんでいきました。
「お母さん、お父さんがいらしたわ、お父さんが……」
母親はベットからとびおりてきました。父親の方も、その部屋にとびこんでいきました。そして三人で、涙を流しながら抱きあいました。
父親は力つきたように、そこにひざまずいて、ベットに顔をふせました。
「許してくれ。せんだって、おれはマリイの姿を見かけたが、たずねてもこなかった。おれは海賊《かいぞく》の仲間にはいっているんだ。船が難破《なんぱ》して、沈んでしまった時、海賊に救われてから、その仲間にはいってしまったんだ。こちらにやってきた時、ずいぶんお前たちの行方《ゆくえ》をさがしたが、わからなかった。それに、海賊の約束として、家族の者にあってはいけないことになってるんだ。家族の者にあってると、秘密《ひみつ》がもれたり、勇気がくじけたりするからだ。そんなわけで、マリイの姿を見かけても、声もかけなかった。許してくれ、おれが悪いんだ。おれの胸は煮えくり返るようだった。せめての思いに、金の包みを届けておいたが、受取ったろうね。それより外に、どうにもしようがなかった。一度|海賊《かいぞく》の仲間にはいると、それからぬけ出すことは、一同を裏切ることになるもんだから……。ああ、おれはどうしたらいいか。どうしたらいいか……」
彼はむせび泣いていました。母親も泣いていました。マリイも泣いていました。
トニイは顔をそむけて、窓から外をながめていましたが、その時、わざと笑いながら朗らかにいいました。
「とうとう僕の計略にかかりましたね。化《ば》け者《もの》のことなんか、みんなうそですよ。泣いたりなんかしないで、しっかりするんですよ。どうせもう、家族の者にあって、海賊の約束をやぶったんだから、思いきって、ぬけ出したらいいじゃありませんか。汽車にでものって、遠くに逃げちゃうんですね。あとは僕が引き受けます。絵はがき屋のトニイだ。街のトニイだ、海賊なんかごまかすのはわけはありません」
マリイの父親は、涙をふ
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