いたのです。
「ねえ、あんたは何のかんけいもないんでしょう。だいいち、そんなにお金をもってるわけがないんだもの……」
マリイは戸棚《とだな》から紙包みをとりだして、そこにひろげました。金貨や銀貨がたくさんはいっていました。
トニイは腕をくんで考えこみました。それから、金貨や銀貨をつかみとって、それを打ち合わしてみました。
「にせもんじゃない。ほんとのお金だね」
「そうでしょう。かまやしないわね、使ったって……。神さまが下さったと思やいいわ。これだけお金があれば、りっぱな店が出せるわね。二人で話してたでしょう、りっぱな美しい店をだしたいって……。ねえ、そうしましょうよ」
「だが、君の名前をいっておいていったんだから、君を知ってる人にちがいないし……」
「だってあたし、そんな人、知らないわ。神さまよ、きっと。あたしたちのことをあわれんでくだすってるのよ。そう思ったらいいじゃないの」
「うむ……とにかく、ふしぎだなあ」
マリイの母親は、トニイのようすをじっと見ていましたが、もう疑いがはれたようでした。そしてこれまでのことをお礼をいい、これからのことを相談しました。
トニイは考えこみました。腕をくんで、部屋の中をあるきまわりました。そしてふと、立ち止まりました。
部屋の壁に、一枚の写真がかかっていました。トニイはそれをじっと見つめました。
「これは誰ですか」
「あたしのお父さんよ」とマリイが答えました。
「これが君のお父さん……」
「ええそうよ。二年前に、船が沈んで、なくなったの……。話したでしょう」
マリイがふいにとんできました。
「あんた、あたしのお父さん知ってるの」
「なあに……ちょっと、似てる人があったから……」
「どんな人?」
「いや、なんでもないよ……」
トニイは写真の前からはなれて、また歩きだしました。それから、きっぱりしたちょうしでいいました。
「とにかく、そのお金は、もすこししまっておくがいいよ。そして君は、花売りにでないで、家にじっとしておいでよ。僕にいい考えがある。僕に任せといてくれ。今に、はっきりさしてやるから……」
三
トニイはふしぎでなりませんでした。マリイの家にかかってる写真と、あるりっぱな紳士と……それがよく似ているんです。写真の方は、鳥打帽《とりうちぼう》に水夫服の、そまつなみなりです。紳士の方は、中折帽《なかおれぼう》に背広服をつけ、ダイヤかなんかのネクタイピンを光らせ、時計の金鎖を胸にからませ、べっこうぶちの眼鏡《めがね》をかけています。けれども、眉《まゆ》から鼻から口もとまで、そっくり同じです。
へんな紳士でした。トニイがやたい店にぼんやりしていました時、その紳士が一人で通りかかって、しばらく絵はがきをあれこれ手にとってながめて、一枚も買わずに立ち去りました。それから戻ってきて、笑いながらいいました。
「絵はがきの代はいらないのかい」
「どの絵はがきですか」とトニイはたずねました。
「はははは、君はぼんやりだな。これだよ」
彼は上衣《うわぎ》のポケットから絵はがきを四五枚とりだしました。みなトニイの店にあったものなんです。
「どうだい、気がつかなかったろう」
「なあんだ、さっきごまかしたんですね。よし、も一度やってごらんなさい。こんどはごまかされやしません」
紳士は絵はがきを手でいじくりまわしました。トニイはその手もとをみつめていました。よろしいという合図で、とったかとらないか、とったならどこにかくしたか、それをあてるんです。ところが、紳士はとても巧妙で、トニイにはどうしても見当《けんとう》がつきませんでした。とったと思っていると、一枚もとっていません。まだとらないと思ってると、四五枚ポケットにしまいこんでいます。カードの奇術《きじゅつ》と同じことでした。
「おどろいたなあ、あなたは奇術をやるんですか」
「なあに、ちょっとしたなぐさみさ。またこんど寄るよ。これは遊びちんだ。絵はがきなんかいらない」
紳士は銀貨を一枚ほうりだして、行ってしまいました。
それから時々、その紳士はトニイの店にたちよりました。いつも酒によってるようでした。そして絵はがきのごまかしっこをして、トニイと遊びました。トニイもだんだんうまくなりました。二人はもう仲よしになって、したしく握手《あくしゅ》をしあうほどになりました。
そして近頃、その奇術《きじゅつ》の紳士が、さっぱり来なくなりました。マリイが店にでるようになってからは、一度も来たことがありませんでした。
その紳士が、マリイの父親と同じ顔なんです。マリイの父親は二年も前に死んでるらしいんですが、どうもふしぎです。それから、マリイのところに誰からともなく届けられたたくさんのお金……。
あの紳士があやしい、あれをつかまえてみよ
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