おりたような新鮮さを持っていました。彼に言わせますと、池の水には死んだのと生きたのとがあり、死んだ水の面には夜露はおりないが、生きた水の面には夜露がおりるのでした。その夜露のおりた水で顔を洗ったら、さぞ爽快だったでありましょう。だがそれだけは、この池では、恒吉もしませんでした。下水が流れ入るわけではありませんけれども、都会のなかの池の水には、やはり、都会の埃がしみこんでいました。ところが、今、あたりは焼け野原となり、その野原には、畠があちこちに作られ、麦の葉がそよぎ、蚕豆の花が咲きそめ、いろんな菜っ葉が伸びだして、つまり、大地の肌が薄汚い人家の古衣を脱ぎすてて真裸となり、春の息吹きをすることが出来るようになりますと、池も水もすっかり新鮮になったようでした。けれどもやはり、恒吉はそこで顔を洗えませんでした。
――俺の方がやはり都会人で、野人になりきれないからだ。
そういう淋しさが却って、池に対する愛着を増させました。
彼は酔うに随って、池のことをいろいろ語り、石についてる苔のことや、水すましのことや、蜻蛉の幼虫のことや、小鮠《こはや》のことや、水蓮のことや、その他さまざまなことを語りました。朝の太陽が池に映って、その太陽のなかに、竜の姿が……実はたつのおとしごのような姿が、はっきり見えたことなどを語りました。
「それ、その竜の姿は、どんな風でしたか。」
高鳥真作は眼を光らして尋ねましたが、恒吉は笑いました。
「だからさ、たつのおとしご、知ってるだろう、あれみたいなものだと言ってるじゃないか。」
恒吉はもう酔っていました。真作も酔ってきました。
「とにかく、何がいるか、池浚えをやりましょう。会社にポンプもあればガソリンもあります。工員を二三人ひっぱって来れば、充分でしょう。早速とりかかりましょう。」
「まあいいよ。水蓮が花を出さなかったら、その時にしよう。」
「水蓮の花なんか、今年は出ませんよ。」
「いや、きっと出る。」
「出ませんよ。」
出たら、それを見ながらまた酒を飲もう、出なくても、飲みましょうと、そんなことで話を終り、真作は泊ってゆくことになりました。そして、池浚えの一事だけが恒吉の頭に残り、やがて、それが強く思い出されることになりました。
清水恒吉の家から、畠ごしに少し距ったところに、小さな家が一つ建って、夫婦者が住んでいました。罹災前は雑貨商
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