、ターコール僧正《そうじょう》さまのお祈《いの》りで生きあがったこの人形を、さいごに一|度《ど》だけ、みな様にお目にかけることにいたしました……」
 それは、いつも人を呼《よ》びあつめるこっけいな道化《どうけ》たあいさつとは、まるっきりちがった調子《ちょうし》でした。見物人《けんぶつにん》たちはへんな気がしました。そして、コスモが人形をそこへもちだしたのを見ますと、ふしぎでした。古いはげかかった人形の顔《かお》が、なるほど、いきいきとしていて、笑《わら》ってるようです……。
 その人形の踊《おど》りが、またすばらしいものでした。年とったやせたコスモの手であやつられてるとは、どうしても思えませんでした。眼《め》をみひらき、はれやかに笑《わら》いながら、だんだんはげしく、しまいにはまるで気でもちがったように、踊《おど》りまわりました。日の光に、金色の三|角帽《かくぼう》がきらきらとかがやき、五|色《しき》の着物《きもの》がにじ[#「にじ」に傍点]のようにかがやきました。どう見ても、生きた人形が自分で踊《おど》ってるのでして、コスモはただそれについてまわってるだけでした。マンドリンをひいてるコスマも、人形を踊《おど》らせるためにひいてるのではなく、人形からむりにひかせられてるようでした。
 見物人《けんぶつにん》たちは、人形の踊《おど》りに見とれて、夢《ゆめ》をみてるような気持《きもち》になり、声をたてるものもなくただうっとりとしていました。コスモもコスマもむちゅうでした。もう息《いき》もつけませんでした。そしてとうとう、踊《おど》りのさいちゅうに、コスモは力がつきてぱったり倒《たお》れてしまいました。同時《どうじ》に、コスマのマンドリンも、ぷつりと糸が切れました。
 人形だけが、はれやかに笑《わら》いながら、ひとりで立っていました。

     四

 コスモとコスマとは、人形を大事《だいじ》にかかえて、故郷《こきょう》へ帰《かえ》っていきました。たくさんもらったお金を、半分ばかり、ターコール僧正《そうじょう》へおくりました。
 ターコール僧正《そうじょう》は、お金をたくさんもらっても一|文《もん》も、もらわなかったときと同じように、別《べつ》にふしぎがりもしませんでした。そしてそのお金をみんな、貧乏《びんぼう》な人たちにめぐんでやりました。それから、二人の人形使《にんぎょうつかい》のためにお祈《いの》りをしてやりました。
 ターコール僧正《そうじょう》がお祈《いの》りをしてるとき、コスモとコスマとは、故郷《こきょう》への旅《たび》をいそいでいました。コスモはいいました。
「ありがたい僧正《そうじょう》さまだ」
「ほんとにありがたい僧正《そうじょう》さまです」とコスマは答《こた》えました。コスモはしばらくしてまたいいました。
「この人形は、わたしたちのためには、大事《だいじ》な人形だ」
「ほんとに大事《だいじ》な人形です」とコスマは答《こた》えました。
 そして二人は、うち晴《は》れた日の光をあおいで故郷《こきょう》への旅《たび》をいそぎました。



底本:「天狗笑い」晶文社
   1978(昭和53)年4月15日発行
入力:田中敬三
校正:川山隆
2006年12月31日作成
青空文庫作成ファイル:
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