したよ」とコスモは大きな声でいいました。
 コスマはびっくりして飛《と》びあがるようにたってきて、ターコール僧正《そうじょう》を迎《むか》えました。
 僧正《そうじょう》はあまりよけいな口をききませんでした。そしてすぐに尋《たず》ねました。
「人形は?」
「はい、これでございます」
 コスモとコスマは、室《へや》のすみの釘《くぎ》にさがってる人形のおおいを取りました。赤と黄と緑《みどり》と青と紫《むらさき》との五|色《しき》のしま[#「しま」に傍点]のはいった着物《きもの》をつけ、三|角《かく》の金色の帽子《ぼうし》をかぶり、緋色《ひいろ》の毛靴《けぐつ》をはいて、ぶらりとさがっていました。その帽子《ぼうし》や着物《きもの》や靴《くつ》はもとより、顔《かお》や手先《てさき》まで、うすぐろくよごれていて、長年のあいだ旅《たび》をしてあるいたようすが見えています。
 僧正《そうじょう》はそれをじっとながめました。
「お祈《いの》りをしてあげましょう」
 僧正《そうじょう》は紫《むらさき》の衣《ころも》をきました。人形の前に香《こう》をたき、ろうそくの火をともしました。そしてじゅず[#「じゅず」に傍点]をつまぐりながら、祈《いの》りをはじめました。窓《まど》からさしてくるぼーっとした明るみのなかに、香《こう》の煙《けむり》がもつれ、ろうそくの火がちらついて、僧正《そうじょう》の祈《いの》りの声はだんだん高まってきました。
 人形が、びくりと動《うご》いたようでした。はげかかってうすよごれのしてるその顔《かお》に、ろうそくの光《ひかり》がうつって、ほんのり赤みがさしてきます。眼《め》が大きくなります。今にも口をききそうです。その口|元《もと》にはもう、やさしい笑《え》みをうかべています……。僧正《そうじょう》の祈《いの》りの声は高く低くつづきます。
 コスモとコスマは、びっくりしたような気持《きもち》で、人形の顔《かお》に見入っていました。もう眼《め》をそらすことができないで、いっしんに見入っていました。僧正《そうじょう》の祈《いの》りの声と、ろうそくの光《ひかり》と香《こう》の煙《けむり》のなかで、人形がうっとり笑いかけたとき、コスモとコスマの眼《め》からは、涙《なみだ》がはらはらと流《なが》れました。そして涙《なみだ》を流《なが》しながら二人は、人形の顔《かお》を見つめていました。

     三

 ターコール僧正《そうじょう》のお祈《いの》りで生きあがった人形……活人形《いきにんぎょう》……。
 そういううわさで、町はわきかえるようなさわぎでした。そしてその活人形《いきにんぎょう》の踊《おど》りを見ようとおもって、町の人はもとより、近在《きんざい》の人まで、美《うつく》しく着《き》かざって、町のにぎやかな広場に集ってきました。
 見物人《けんぶつにん》たちが美《うつく》しく着《き》かざってるのにくらべて、人形使《にんぎょうつかい》の方はひどく粗末《そまつ》ななりでした。コスモはなんのかざりもない色のあせた黒《くろ》い服《ふく》をつけ、まんなかにすりきれたふさ[#「ふさ」に傍点]のついてる大黒帽《だいこくぼう》をかぶり、木靴《きぐつ》をはいていました。コスマは、赤茶《あかちゃ》けた服《ふく》をつけて、古いマンドリンをかかえていました。そして広場の中には、うすいむしろがしいてあるきりでした。
 けれども、コスモもコスマもいっしょうけんめいでした。その日にやけた年とった顔《かお》には、いつにない若々《わかわか》しい元気がうかんでいました。彼《かれ》は額《ひたい》に汗《あせ》をにじましながら、つよい調子《ちょうし》でいいました。
「わたくしは、もう人形使《にんぎょうつかい》をやめまして、故郷《こきょう》に帰《かえ》るつもりでおりました。この人形も、もう人様《ひとさま》にお目にかけないつもりでおりました。ところが、ターコール僧正《そうじょう》さまのことをききまして、わたくしどもを長いあいだ養《やしな》ってくれましたこの人形のために、一|度《ど》お祈《いの》りをしていただきたいと考えました。そして僧正《そうじょう》さまにお願《ねが》いいたしました。僧正《そうじょう》さまはすぐに承知《しょうち》してくださいました。わたくしどもの宿《やど》まできてくださいまして、人形のためにお祈《いの》りをしてくださいました。そのお祈《いの》りのさいちゅうに、この人形はいきいきとした顔《かお》になって、わたくしどもに笑《わら》いかけました。わたくしは、わたくしどもは、それをはっきり見ました。ほんとうに笑《わら》いかけました。生きあがりました。わたくしどもは、ただうれし泣《な》きに泣《な》きました。……そして、人様《ひとさま》のおすすめによりまして、この人形を
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