別れを告げるのだ。
 それにしても、私の心のこの愁いは何故であろうか。あの初陽台に登ったのも、訣別の意を固めるためではなかったか。あの人にあすこで出逢って、固より前から知ってる人ではあったけれど、心の出会をしたのは、私の不覚であったのだろうか。いやそれとも、ただ一途あるのみの最後の関頭へ私を逐いつめるための宿命であったとすれば、私はそれを欣んで受け容れよう。それこそ勇気ある者の面子《めんつう》の問題だ。真の面子を重んずる者にとっては、没法子《めいふわーす》という言葉は存在しない筈だ。
 あの人は私の心の故里となるだろう。西湖は私の肉体の故里となるだろう。美しい故里を持つことを私の慰安としよう。前途に未知の荒波を持つことを私の勇気としよう。
 そうだ、ただ僅な策略と小舟と一挙手とそれから脱走あるのみ。他は天の知るところである。

 二日後のことでありました。西湖に主のない軽舟が漂っていて、その中に、背後から刃物で※[#「宛+りっとう」、第4水準2−3−26]られた張金田の死体が見出されました。その後、李景雲の失踪が伝えられました。町にはいろいろな噂がたち、警察にはいろいろな情報がはいりま
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