ころで、こうした乱れた宴席では、言葉があちこちへ飛び、話題も飛躍するものでありまして、中心を捉えるのに困難でありますが、ただ、金田の酔った頭には、景雲のことがなにかひっかかってるようでありました。彼は景雲を一同に紹介するのに、これが例の画舫の哲学者だといいました。また或る所で景雲が述べたという説を披露しまして、その有名な言葉として、西湖を銭塘江岸へと展開させないところに杭州の頽廃がある、というのを伝えました。そこで、西湖の風光と銭塘江の風光との比較論がちょっと出ましたが、金田はもうけろりとして、景雲へ他のことを囁きました。陳家の信頼をあまり得すぎて、瑞華との結婚の話でも持出されたら、承諾する気があるかというのでした。
景雲はすすめられるままに杯をあけながら、答えました。
「あのひとと結婚なさるのは、あなたではありませんか。」
そしてすぐ彼は、ばかなことをいったと思って、自分の腿を強くつねって、その痛みに顔をしかめました。
金田は声高く笑い出しました。
「君は可愛いことを考えるね。鶯妹に好かれるだけあるぞ。……おい鶯妹、この人は君と結婚したいんだそうだ。もう今夜は帰すなよ。」
鶯妹はうなずき笑って、景雲の肩にもたれかかりました。そのゆらゆらした前髪に耳をなでられて、景雲はびっくりして立上りかけ、鶯妹は倒れそうになって飛び上りました。金田と他の妓たちがどっと笑いました。
景雲はすぐ、ばかなことをしたと思って、自分の腿を強くつねって、その痛みに赤い顔をしかめました。そして酒を飲みました。
他の一隅に、永遠に尽きない妻妾論が起っていまして、一体独身者は妾を欲するが故に独身でいるのか、或は妻を厭うが故に独身でいるのか、いずれが真実かという議論になりまして、その解決を金田の真意に問いかけてきました。それに対して、金田は他の答え方をしました。文化の高い民族ほど、女は年をとっても容姿が衰えないし、随って妾の必要は少くなるものだが、文化の低い民族ほど、女は年をとるにつれて早く老衰し、随って妾の必要が多くなるというのでした。それではこの国ではどうかということになりまして、この国では女は結婚するとすぐに婆さんになると、金田は断言しました。
「ただ、少数の例外はある。」と彼はいいました。「僕はその一人を知っているが、彼女はもう三十五六歳にもなるのに、水の滴るような容色をしている
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