蝦蟇
豊島与志雄

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【テキスト中に現れる記号について】

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 五月頃から私の家の縁先に、大きい一匹の蝦蟇が出た。いつも夕方であった。風雨の日や、妙に仄白く暮れ悩んだ日や、月のある夕方などには、出なかった。夕闇が濃く澱んでいる時や、細かい雨がしとしと降る時などに、出た。垣根に沿ってのそりのそりと匐っていった。それが如何にも悠然としていた。静かであった。そして大きい力に満ちていた。
 夕食が少し後れたような時、散歩にも出たくないような時、私は紙巻煙草を口にくわえて縁側に寝転びながら、その蝦蟇をじっと見た。私の心は静かであった。蝦蟇も静かであった。それがよく一時間の余も続いた。
「またですか。」
「ああ、面白いからお前も少し見てごらん。」
 私と妻との間によくそんな会話が交わされた。然しそれは別に面白いというのでもなかった。面白いのを通り越して居た。
 蝦蟇は力をこめてぬ
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