でした。
 美津子さんは物を書いたり読んだりすることには、じつに熱心でしたが、その反面、家事のことや炊事のことは、投げやりのようでした。洗濯もあまりなさらないし、たいていの物は洗濯屋に出してしまい、繕い物もあまりなさらないようでした。魚屋と八百屋は御用聞きが来て、註文の品物を配達してくれますので、日常の買出しの用事もあまりありませんでした。
 出版社というものは、どういうところかわたくしは存じませんが、良吉さんの出勤は朝遅く、たいてい十時頃でしたが、お帰りはまちまちで、早かったり遅かったりしました。早い時には、缶詰や瓶詰や牛肉の包みなどをぶら下げておいでになり、美津子さんと一緒に夕食の仕度をなさることもありましたが、そのお帰りが遅いと、美津子さんは有り合せの物で、いい加減に食事をお済ませになりました。御一緒の食事の時には、酒をお飲みなさることもありました。
 ある晩、だいぶ長く酒を飲んでいらっしゃるようでしたが、遅くなってから、お二人の声がだんだん高くなり、喧嘩でもなさってる様子でした。わたくしも母も、それには意外な気が致しました。いつも仲睦じいお二人だとばかり思っておりましたのです。
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