半ば正体を失いかけてるようでした。これもあとで分ったことですが、その朝、焼酎を飲んで眠ろうとしたが眠られず、ふだん使ってるアドルムをのんだがだめで、また焼酎を飲んだりして、めちゃくちゃになってるのでした。却ってそのためだったのでしょうか、階段から転げ落ちてもわりに元気で、幾綴じもの分厚な原稿を拾い集め、それを抱えてよろよろと立ち上り、台所へ行き、そこから庭へ出て行きました。
 美津子さんが黙っているので、なんだかわたくしは気味がわるく、やはり黙ってついて行きました。
 美津子さんは原稿を引きちぎって、庭に積み重ねました。そうするうちにも何度か転び、しまいには地面に坐りこんでしまいました。そしてわたくしの方を物色するようにじっと眺め、初めて口を利きました。
「マッチを下さい。」
 その命令するような口調に応じて、マッチを取って来てやりますと、美津子さんは原稿の山に火をつけました。そしてわたくしの方は見ないで独り言のように言いました。
「この生い立ちの記に書いてあることを、電波で盗み取ろうとしています。早く燃やしてしまわなければ、すっかり盗まれます。手伝って下さい。庭中に撒き散らして、火事
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