ました。
「ばかなやつで、全く話にもなりません。」
それから声を低めて、事情を明かしてくれました。それに依りますと、良吉さんが帰って来た時、美津子さんはまだ食事もしないで、暗がりの中に坐っていたそうです。そして室の外を指差しました。淡い月の光りで透し見ると、室の正面に、物干竿の先が突っ立っていました。その物干竿を、美津子さんは、誰かがアンテナを仕掛けてこちらを探偵してるのだと言いました。こちらも負けぬ気になって、じっと坐ったまま対抗していたのでした。
「実に呆れ返ったものです。」
良吉さんは不機嫌そうに言って、ちょっとした料理を自分で拵え、わたくしに酒屋への使いを頼みました。きっとむしゃくしゃしていらしたのでしょう。
その晩、遅くまで二人で飲んでいらしたようでしたが、別に、議論めいた声も聞えず、静かでした。
でも、物干竿の話は、わたくしたちに、なんだか不吉な感じを与えました。監視の眼が、こんどはアンテナに変ったのです。
わたくしたちは、物干竿に注意しましたし、もうアンテナのことは出て来ませんでしたが、だんだん深刻なことになってきました。それも、美津子さんはまとめて話さず、ぽつ
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