。美津子さんは怖い眼付きでじろりとわたくしたちを見て、二階へ上ってゆきました。
 それからまた二度ほど、美津子さんは京子さんのことを尋ねました。どうもおかしいので、母は、良吉さんが一人きりの時に、京子というひとのことを尋ねてみました。良吉さんは苦笑しながら言いました。
「なあに、京子というのは、ずっと前に亡くなった僕の女房ですよ。それが、今に生きているらしいと、美津子が言い張るんです。なにかの錯覚ですね。証拠をつきつけて、亡くなったことを信じこませることにしましたから、もう大丈夫です。御心配かけてすみませんでした。」
 そして、実際、数日後に、良吉さんは美津子さんを説き伏せたそうでした。滋賀県の郷里に手紙を出して、京子さんの死亡のことやその戒名まで書き入れた返事を貰い、それを美津子さんに見せたのです。
 これで、京子さんのことは済んでしまいましたが、あとが、へんな工合になりました。
 誰か、しきりに自分のことを探索していると、美津子さんは言い出したのです。誰とも知れない者が、始終こちらを窺っていた。今何をしているか、寝転んでいるか、原稿を書いているか、そんなことを見極めたがっていた。往来に立ち止って、長い間こちらを見上げていることもあった。隣りの屋根の上から、こちらの室を覗いていることもあった。庇にのぼって来て、室内にはいり込もうとしていることもあった。それが、男の姿をしていることもあれば、女の姿をしていることもあるし、どこの誰とも分らないが、たしかに、一人ではなく、幾人かの相棒があるらしかった。その人たちが殊に知りたがってるのは、原稿のことで、何が書いてあるか、読みたがっていた。あぶないから、出かける時には、原稿は本箱の抽出にしまって、鍵をかけることにしたが、それでも安心はならなかった……。
 まあだいたい、そういう工合でした。そして美津子さんは急に痩せてきたようで、もともと引緊っていた頬の肉が、一層緊張してきて、黒目がちな眼に、険のある陰が深まってきました。
 美津子さんは良吉さんをなるべく家に引き留めておきたいらしく、朝の出勤の時など、玄関で次のような応対が聞えることがありました。
「では、今日はほんとに早く帰って来て下さいますね。」
「ああ出来るだけ早く帰るよ。然し、つまらないことを心配するもんじゃない。」
「でも、いつも監視の眼があるんですもの。」
「ただ
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