す。」
それが、電波のことだったのです。例の怪電波は、美津子さんの生態反応を詳細に吸収しながら、時々、攻勢に出るようになってきました。その一つとして、先日、美津子さんは嫌なことを告げられました。
「この家に、火事が出るか、重病人が出るか、どちらかだと、確かに申しました。ですから、今後とも、用心致さなければいけません。」
わたくしもそこに居合せておりまして、母の顔を見ますと、母は眼を皿のようにしていました。美津子さんが母のちょっとした風邪を心配してくれたわけは、それで分りましたが、しかし、そのようなことを改めて言われますと、あまりよい気持ちは致しませんでした。
「お互に、これから、用心することにしましょう。」
言うだけのことを言って、美津子さんはわたくしどもの返事を待たず、ぷいと立ってゆきました。
固より、わたくしどもは電波のことなど信じはしませんでしたが、美津子さんの頭がだんだん変になってくるのを見て、暗い気持ちになりました。母は黙って溜息をつきました。
ところが、こんどのことについては、美津子さんはいやに執拗でした。後でまたわたくしに言いました。
「火事と病気を用心しましょう。」
母にもそれを繰り返しました。
母もわたくしもがっかりしました。二日たち三日たって、忘れかけておりますと、また、火事と病気を用心しましょう。それからまた忘れかけておりますと、火事と病気を用心しましょう。その言葉が、わたくしたちの頭に沁みこみ、わたくしたちの身体を縛りつけるようで、じつに嫌な気持ちでした。嫌な気持ちというだけでなく、どこか心の隅に現実のことのように引っかかってきました。
美津子さん自身にとっては、火事と病気を用心しましょうと、ただそれだけの単純なものではなかったようです。電波の複雑な警告に依りますと、お前にはたいへん悪い病気があって、皆からきらわれるから、気をつけるがいい、という風にも受け取れるのでした。また、お前はいつも隅っこに引っ込んで、下らないことをこそこそやっているが、そんなものはみんな、火にでもくべてしまうがいいというふうにも受け取れるのでした。
そして電波はいろいろになって、自由に美津子さんを操縦しました。電波がたいへん強い時には、もう身動きが出来なくなることさえありました。じっと竦んで、夜など、電燈を見つめておりますと、スタンド全体がゆらゆら揺
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