らないような眼を、おれの方にじっと向けた。視力のこもらぬその眼付と、頬から頸筋へかけた皮膚のだだ白さに、おれは、魚の肌にでも触れるような感じを受けた。赤木の妻の嘉代さんが、「仲本の新治さんじゃないか、挨拶をなさい、」と促すと、彼女はにやりと笑って、「こんちは、」と言った。千代はいったい幾歳なのかしら、二十歳ほどでもあろうかと、おれは突然考えてみた。――千代は嘉代さんの姪であり、おれは赤木の親戚筋だから、おれと千代とは以前から識らない間柄ではないのだ。
赤木の家は、大きな坂の下にあって、焼け残りの謂わば部落の出外れになっている。昔は粗末なカフェーで、女給が三人ばかりいた。終戦後、その店を赤木は改造して、おでん小料理屋を始めた。坂にはもうバスも通らなくなり、焼け跡ばかり広々と見渡せるそんな場所でと、嘉代さんはあやぶんだそうだが、案外なもので、頗る繁昌した。やがて、おでんの鍋には蓋がかぶさったきりで、小料理専門となり、金のある常連の足溜りとなった。表側の土間のほかに、奥に一室と二階に二室ある。時々特別の客があって、表戸をしめ、二階の室だけが使われる。――千代は殆んど役に立たないし、赤木夫
前へ
次へ
全20ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング