らりと垂れて、どこ一つ隠そうとしない、傍若無人の態度は、もはや一の態度ともいえないほどの下劣さだ。それが而も、へんにだだ白い肌で、体躯のことはおれは知らないが、下駄がちんばにへってるところを見ると、恐らく両脚は不揃いで、顔立といったら、口がゆがみ、眼尻がひどく下り、にやりと笑いそうに頬がゆるんでいて、醜悪といってもよい。もしこれが美人であるならば、大理石の彫像とか、木影のひそやかな沐浴姿とか、そういった古代趣味を連想させるものがあるかも知れないが、千代は全くその反対だ。
 そういう裸像が、平素の千代と重り合うと、おれは忌わしい気持になるばかりでなく、憎悪をさえも感ずるのだ。白痴だということだけでは許されない。白痴にも白痴美というものがある。だが千代には何等の美も認められない。ただ下劣で醜悪だ。その千代が、彼女自身を無視するのは、それはまあ彼女の勝手だとしても、このおれを無視しているのだ。おればかりではない。店に来る客たちをもそうだし、赤木をもそうだ。日常、赤木の言うことやおれの言うことを、彼女は殆んど耳に入れないかのようである。ただふしぎにも、嘉代さんの言うことにはよく従う。
 一見したところ、千代の薄野呂は、脳膜炎の結果かとも見えるし、遺伝梅毒のそれかとも見えるし、其他の悪疾のそれかとも見える。嘉代さんの注意で、彼女はそう不潔ではなく、臙脂色系統の衣類をまとっているが、そのため却ってなにか疾患的不気味さを感じさせる。そういう彼女がいるこの店に、多くの人が飲食に来ることは、おれには腑に落ちない。おれだったら、千代を見れば、もう二度とは来ないだろう。
 もっとも、ここの料理は、素人風だが場所柄としてはわりに品質がよい。客の多くは食いに来るよりは寧ろ飲みに来るのだが、その酒が、日本酒にしても、日本物だがウイスキーにしても、銀座裏などに比べても遜色はない。この点に赤木は頗る努力しているのだ。それから実は、千代はあまり客の前に出ないようになっている。奥の室で、お燗番をしたり、野菜をえり分けたり、下駄の鼻緒を拵えたり、ほどき物をしたりする。そんな仕事を、畑の草取りと同様に、彼女はよくやってのける。用がないと、居眠りをしていて、最後の後片付けに呼び起される。それでも、やはり客の前に顔を出すこともあるが、少しぐずついていると、嘉代さんが奥へ追いやる。嘉代さんがうっかりしている場合
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