は、彼女はほんとに頬笑んでいた。
「勿論、ばかばかしいことです。あなたに恋人が出来たとか、どうとか……。」
 浅野はぱっと顔を赤らめた。
「まあ、そんなことですの。それから……。」
 浅野は俯向いて、黙っていた。
「それだけですの、噂というのは。」
「ええ。」浅野は答えた。
「つまらない噂ですわね。それを、あなたはどこでお聞きになりましたの。」
「立花さんの御宅です。御紹介して下すってから、週に一回、やはりお子さんの勉強を見に行っています。なにかお祝いごとがあるらしく、大勢の客がありまして、僕も無理やりにその席へ引張り込まれましたが、その時、縁側にいた二人の御婦人の間に、その噂が囁かれてるのを耳にしました。はっきり名前は出ませんでしたが、たしかにあなたのことに違いなかったようです。」
「分りましたわ。それなら、噂はそれだけではなかったでしょう。」
 浅野は眉をひそめた。
「実は、まだひどいことがあります。あなたが姙娠されてるとかいうような……。」
 美枝子はにっこり頷いた。
「むしろお芽出度い話ですわ。恋人が出来たり、赤ちゃんが出来たり……ふふふ。」
 含み笑いをして、彼女は立ってゆき
前へ 次へ
全28ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング