た日、而も真昼間、妙な事件が起った。
板倉邸は広い敷地で、コンクリートの塀に取り巻かれていた。その塀から出外れてしばらく行くと、左手が五メートルばかりの低い崖になっており、崖の下に小さな泥池があった。そのへん、崖の下は一面、戦災の焼け跡で小さな人家がぽつぽつ建ってるきりで、雑草の荒地と菜園とが入り交っていた。泥池は湧き水だが、赤く濁って、もう子供たちもそこでは遊ばず、木片を浮べて放置されたままだった。その泥池の崖上に、松が数本、ひょろひょろと植っていた。
その松の木立のところで、突然、二人の男が格闘を始めたのである。二人とも洋服姿の、相当な身なりだった。一人は五十年配の肥満した男で、一人はまだ若く痩せ型だった。年寄りの方がぶらりぶらり歩いてゆくのを、若い方が追っかけてきて、なにかちょっと言葉をかけ、いきなり殴りつけたものらしい。そして暫く揉み合ってるうちに、年寄りの方が、突き落されるか足を滑らすかして、子供みたいに崖下へ転げ落ち、泥池にはまってしまった。若い方は、それを上から眺めて、しばく[#「しばく」はママ]突っ立っていたが、自分の帽子を拾うと、足早にすたすた行ってしまった。
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