りした細い眉、すこしふくれ気味の瞼、長い睫毛がちらちら震えていた。
「どうぞ。」彼女は促した。
浅野は静かに膝をついて、彼女の腿に顔を伏せた。かすかな香りが、鼻にではなく心に沁みた。
「僕には出来ません。」彼はすすり泣いた。「出来ません。許して下さい。」
美枝子はまだ眼をつぶったまま、両手をのべて、彼のこわい髪をそっと撫でた。
「奥さん、許して下さい。僕はあなたを、心から慕っておりました。」
ひっそりとした美枝子の体が、一つ大きく息をし、椅子の背に反り返っていった。浅野は半身を起して、その胸の方へ、唇の方へ、のりだそうとした。それを、美枝子は手で遮り、頭を振った。
「今は、いけません。」彼女は彼の耳元に囁いた。「これから、わたし、英語の勉強をはじめますから、面倒みて下さいね。書斎の方をわたしの居間みたいにしています。こんどから、あちらで……。」
彼女はすりぬけるように立ち上り、すーっとドアの方へ行き、呼鈴のボタンを押した。
十一月にはいると、菊花鑑賞に事よせて、あちこちでティー・パーティーが催された。戦争前、新宿御苑で観菊の招宴があった、それに做ったものである。もっとも、こ
前へ
次へ
全28ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング