ぴくりと肩を震わした。上目を見据えて考えこんだ。ややあって、浅野の方へ歩み寄り、ソファーに腰を下して、やさしく言った。
「あなたの仰言ること、わたしにもよく分っておりますわ。でも、どうにもならないことだって、ありますのよ。」
浅野はまだ顔を挙げなかった。
「それにしても、ずいぶん思い切ったことを仰言ったわね。だから、わたしの方でも、思い切ってお頼みがありますわ。聞いて下さいますか。」
浅野は鼻をかんで、眼を挙げた。その前へ、美枝子はジンフィールの残りの一杯をつき出した。
「これをお飲みになってから……。」
浅野は茫然とした面持ちで、その通りした。
「わたしね、いちど、男のかたの頬ぺたを、思いきり引っ叩いてやりたいの。あなたの頬を打たせて下さい。その代り、私の頬を打たせてあげます。」
声は少し震えていた。
浅野は殆んど無意識に応じた。
「さあどうぞ。」
彼は眼をつぶって、頬を差し出した。
一瞬の躊躇の後、美枝子は平手で、浅野の頬をはっしと打った。薄い硝子のような音がした。
「ありがとう。」泣いてるような声だった。「こんどはあたしのを、どうぞ。」
彼女は眼をつぶった。すっき
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