さあ、御本人が書いたのですから、たぶん……。」
「あんた、冗談じゃありませんよ。よく平気でおられますねえ。」
「だって、ほかに仕様がございませんわ。それに、もう済んでしまったことですから。」
「まだ、昨日からのことですよ。もし間違って、新聞にでも書かれたらどうします。万一のことがあったら、揉み消してもらうように、手を廻しておいてもいいんですけれど……。」
「大丈夫ですよ、おばさま。昨日から今日で、すんでしまったんですもの。そしてじきに、明日になりますわ。」
「明日……またなにか始めるつもりですか。」
「いいえ。」美枝子は頬笑んだ。「もうおばさまに御心配かけませんわ。」
「ああ、なんだか分らなくなってきた……。もっとよく考えてみます。あんたも考えておきなさいよ。明日、宅へ来て下さいね。」
「伺いますけれど、おばさま、ほんとに、大丈夫でございますよ。」
 恒子はまだなんだかそわそわしていた。卓上に置き放しの手紙を、美枝子の懐に押し込んでやり、冷えた紅茶を一口飲み、すぐに立ち上った。
 表には自動車が待たしてあった。
「御機嫌よろしゅう。」
 自動車を見送って、美枝子は、皮肉めいた笑みを頬に浮べながら、家にはいった。そのあとに続いて、女中が玄関の扉を閉した。



底本:「豊島与志雄著作集 第五巻(小説5[#「5」はローマ数字、1−13−25]・戯曲)」未来社
   1966(昭和41)年11月15日第1刷発行
初出:「世界」
   1950(昭和25)年12月
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年1月2日作成
青空文庫作成ファイル:
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