ま。存じておりますわ。」
「それなら、わたしに電話ぐらいして下すってもよろしいでしょう。」
「だって、つまらないことですもの。」
「いえ、わたしが言うのは、星山さんのことではありません。どういう人が、どういうわけで襲ったか、それがすこし気になって、わざわざ、こうして出て来たんですよ。わたしたち、星山さんとはああした係り合いがあるでしょう。だから、もしも、その襲った人にも係り合いがあったら、どうしますか。こんどは、噂だけでは済みませんからね。警察の方からも人が来たそうですよ。」
「そのようなこと、御心配なすっていらしゃいますの[#「いらしゃいますの」はママ]。それでは、おばさまにお目にかけるものがございます。」
 美枝子は立ってゆき、間もなく、一つの封筒を持って来た。
 封筒にはただ、「小泉美枝子様、必親展」とだけしてあった。
「今日の午後、宅の郵便箱にはいっておりましたの。御本人が自分で投げ込んでいったものと思われます。」
 恒子は封筒を開いた。粗末な紙に几帳面な[#「几帳面な」は底本では「凡帳面な」]細字が竝んでいた。

 御別れしなければならなくなりました。私は田舎へ引込みます。愛情にかけて、万事を御許し下さい。
 詳しい御話を承わってから、私はHを憎みました。校舎増築について前からHを知っていただけに、猶更、憎悪の念が深まりました。あなたは一笑に附しておいでになりましたが、噂話其他により、またS夫人の仲介により、世間的にあなたの顔へ泥を塗ったのは、みなHが原因です。
 あなたが私の頬を打たれた真意はどこにあったのでしょうか。あなた自身の自己解放の契機と、私は理解します。然しそればかりではなく、Hへの復讐、ひいては男性一般への復讐も、交っていたに違いありません。
 板倉家の観菊の会へあなたがおいでになることを、私は知っていました。それは何でもありません。然し、Hも行くことを私は偶然知り、憤慨しました。あなたの身辺にHが存在することは、あなたを涜すことです。尚且、嫉妬反目の念も私にあったことは否定しません。
 私は殆んど無意識的に、板倉家の近くを彷徨しました。中にはいって行くことの出来ない自分自身を苛立ちました。その時、板倉家から出て来るHを見かけました。酒に酔ってるらしい彼の足取りは、更に私を激昂させました。
 私は彼を追いかけ、崖のところで呼び止めておいて、迂
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