の節では、菊花鑑賞というのも名ばかりで、大して多くの菊の鉢もなかったし、全くお茶の集りで、食物といってはサンドウィッチにコーヒーぐらいなもの、余興におでんや鮨の屋台店が出ることもあるが、実は単に社交の催しにすぎなかった。
 板倉邸でもその催しがあった。無風の好天気だったし、広庭で日向ぼっこをしながらお饒舌りをするのに、誂え向きだった。菊花の鉢がまばらに竝べられ、あちこちに小卓やベンチが配置されていた。紅白の幕が縁側近くに張り廻され、それに引き続いて、屋台店には和洋の酒瓶が竝んでいた。但しこの酒類は有料なのが愛嬌だった。
 広庭の隅っこの小卓に、人を避けるような工合で、立花恒子と小泉美枝子とが差し向いでコーヒーを飲んでいた。恒子はもう五十近い年配で、ふくよかな体躯に貫禄が具わっていた。
「ねえ、おばさま。」美枝子は甘えるような口の利き方をした。「やっぱり、わたくしが申した通りでございましたでしょう。」
「そうね。だけど、少し薬が利きすぎたかも知れませんよ。」
「姙娠のこと。」
「そう。愛人まではよろしいけれど、姙娠となると、ちょっと聞きぐるしいことですからね。わたしも、骨が折れましたよ。」
「でも、おばさま、噂をひろめるのが、お上手でいらっしゃるわね。」
「まあ、なにを言うんですか、ひとにさんざん頼んでおいてさ。」
 恒子は睥むまねをした。
「わたくし、初めて分りましたわ。姙娠ということが、どんなにひとに嫌われるか……。」
「ことに、男のかたにはそうですよ。」
「考えてみると、やっぱり、いやなことですわね。お腹がぶくぶくふくらんできて、お尻がでっぱってきて……わたくし、結婚中に姙娠しないでよかったと、つくづく思いますわ。」
「今だから、あんた、そんなことが言えるんです。わたしなんか、三人も子供を産みしたよ[#「産みしたよ」はママ]。」
「それは、昔のことでございましょう。」
「当り前じゃありませんか。」
「昔だったら、構いませんわ。わたくしでも、昔のことなら平気ですわ。いま、この身体で……と思うと、ぞっとしますの。」
「あ、ちょっと。」
 恒子は美枝子の腕にさわった。目配せされた方に眼をやると、星山が、あの大きな図体で、だぶだぶの服をつけて、あちらへ歩いてゆくところだった。
「わたしたちの方を見て、引き返していらしたようですよ。」
 美枝子は肩をすくめて笑った。
「だ
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