]子と叔父と三人で客間の方へ坐って、他愛ない世間話などをした。然し会話は往々とぎれ勝ちであった。沈黙が襲ってくると、彼等は急いで何かの話題を探した。三人共皆、心のおけないような安らかさにあり乍ら、沈黙が新らしい何物かを齎すことを恐れたので。
彼はそういう対座が非常に疲労を来すものであることを感じた。そして沈黙の合間合間に頭を抬げようとする反撥の感情があるのに気附いていた。叔父が強く自分の心を押えつけているような努力の跡をも見た。それが身体に障りはしないかとも気づかった。
「昨日から僅か一日だが、大変長い間のことのように思えるね。」と叔父は思い出したように云った。
「ええ、私も何だか長く滞留なすっていらっしたような気がします。」
「それではこれからまた新らしく京都《あちら》に赴任するつもりで出かけるかね。」
「そうです、何時も新らしい気分で生きてゆくと張り合いがあるような気がしますね。」
「然しやはり生活は何時も同じだからね。」そう云って叔父は苦笑した。
葉子が帰って来た時、彼はほっと助かったというような気がした。
「今日お帰りなさるの? まあ!」と云って葉子は眼をみはった。
何にもすることが無かったので、三人は気が進まなかったけれど、葉子がすすめるままにトランプを又はじめた。札《ふだ》を切り乍ら葉子はこんなことを云った。
「口惜《くや》しくてお帰りになれないように、叔父さんをたんと負かしてあげるわ。」
西に傾いた日影の移ってゆくのが眼に見えるように早く感じられた。頼り無いような気分が室の中に漲って、三人共、それに浸り乍ら、過ぎ去って行くものの影をじっと見守っているような心地で居た。只葉子ばかりはひたすら骨牌に身を入れた。
叔父は七時の列車を取ることにきめた。晩餐の時に彼は葡萄酒をすすめた。叔父も心地よく二三杯のみ干した。
停車場に皆《みんな》して出かける時、彼は妻の顔を見守った。彼女は媚びるような眼附をして彼の眼を見返した。それから彼は妙に落ち着かない気持ちで外に出た。叔父が今一度家の方をふり返って見た時、彼は空を仰いで昼から夜に移りゆく蒼空の暮色を眺めた。
新橋には早や多くの旅客が込んでいた。去る者の躁忙《あわただ》しさと送る者の頼り無さと、それから醸《かも》される一種の淡い哀愁のみが彼の心を満した。彼は多くの人の群から自分を遠くに置いて、落ち着いた
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