拶を口実に、波多野未亡人を訪問すると、乾燥芋の生干しが茶菓子の代りに出た。
「素人作りですけれど、たいそう甘いんですよ。ちょいちょい頂きますので、すっかり干しあがるまでには、半分はなくなってしまうでしょうと、皆さんが仰言いますし、またそれくらい甘くなければ、乾燥にする甲斐がないとも仰言いますが、まったくですよ。これで自信がつきましたから、今日もまた干しているところですよ。」
未亡人は嬉しそうだった。
出されたのをつまんでみると、なるほど甘かった。それで山口は、そのような物を茶菓子に出されたことを、自分に対する未亡人の寵遇だと解釈し、これほど甘いものなら自分も拵えてみたいからと媚びて、実地見学を申し出た。
干し場は二階のバルコニーにあった。薩摩芋をごく柔くふかし、皮をむき、半センチぐらいの厚さに切り、簾の上に並べて、太陽の光に数日間曝すのである。
山口がそのバルコニーに出ると、丁度、魚住千枝子が、簾の上の干し芋を裏返してるところだった。
「おや、あなたもお手伝いですか。いま、奥さんから、さんざん自慢されたところです。」
彼女は立ち上って、真面目なお辞儀をした。それで山口は、ちょっとまごついて、お辞儀を返しながら言った。
「先日は失礼しました。吉村さんのところで……。」
彼女はちらと微笑んで、また芋の方にかかった。
「時々、吉村さんのところへお出でになるんですか。」
「ええ、書物を拝借しましたり、お話を伺ったりしますので……。」
彼女は振り向きもせずに答えたが、その横顔が、さっと血の色を湛えたまま緊張して、殆んど透明と言えるほどに冴え返った。山口はなにか病的な印象を受けた。それも瞬間で、彼女はまた、皮膚が薄くそして固い感じの顔容に戻り、額と鼻とが依怙地に白々しく、美しい手先が器用に芋を裏返し、桃色の爪がちらちら光った。
防空壕の跡らしい黒い庭土、こんもりとした庭木、黄葉しかけてる高い銀杏の樹、ちらちら見える家並、その向うの焼け跡らしい広い空間、どこからか聞えてくる雀の声、それらに、太陽の光がいちめんに降りそそいでいた。
山口は男性らしい微笑を意識しながら、干し芋を裏返してる彼女に話しかけた。
――吉村氏のような文学者と彼女が交際してるのは、大変床しい立派なことであり、今後の日本婦人は、知情意全般に亘る教養を高めなければならないので、彼女などもその方面
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