してたまらなく胸が痛みます。悲しくて切のうございます。
吉岡信一郎の娘が病死した時、葉山紀美子から、文脈乱れがちな短い哀悼の手紙と香奠とが来た。そしてそれからぷっつり、彼女の手紙はとだえてしまった。吉岡から二度ばかり出した手紙にも返事がなかった。紀美子もどこかへ消え失せてしまったような感銘を、吉岡は受けた。
それもよかろう、と吉岡は思った。彼女に対する感情は、恋愛というほど生々しいものではなかったけれど、或る意味ではもっと深い愛情だったようでもある。実体の捉えにくいなんだか抽象的なものだっただけに、却って、何の濁りもなく、すっきりと心中に残った。或はそれが、彼女の心の投影だったかも知れない。彼女はただ一徹で純粋で、肉体的な濁りを持たなかった。彼女自身、彼にとっては、謂わばその手紙が全部だった。その手紙の幾つかが示すように、彼女は過去の時代の名残りのような存在であって、そのためにすっぽりと手紙の中にはいり込み得たのでもあろうか。
その彼女は、彼にとっては、一種の透明な純な愛情だった。時によっては彼の心を苛立たせることもあったが、今は、多少色褪せた静かな忘れ得られぬ花である。
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