いではないかと仰言って下さいませ。そしてこれからもおやさしいお手紙書いて下さいませ。
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 先生は私にもうどんなにか愛想をおつかしでいられましょう。私のような下らぬ者が、一寸の間でも先生にお手紙差上げることが出来ましたのは、神様が、私の思いつめた心のために、瞬時先生の幻を私に見せて下さいましたのでございましょう。淋しく悲しい気が致します。
 今夜は雨と風の不気味な夜でございます。少しも眠くありませぬ。
 先生、お願いでございます。も一度私にお手紙下さいませ。最後のことのはっきりわかるお手紙、も一度お書き遊ばして下さいませ。
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 先生、御仕事がおすみになりましたこと、私もたいへんうれしく存じます。どんなにお立派なものがお出来になりましたことでございましょう。先生がお立派なものをお書き下さいますことが、私は、一番うれしゅうございます。私のような者が下らぬお手紙ばかり差上げますこと、どんなにか先生のお気持を乱し御迷惑をおかけ致しておることでございましょう。私の我儘おゆるし下さいませ。
 先生にいつか、私のような者のところへでも、いらして頂けます時がございましょうか。そんなことは夢にもないものなのでございましょうか。私のことを田舎に住んでいる下女とお思い遊ばして、勝手気儘にお振舞い下さいましたなら、どんなにうれしいことでございましょう。
 先日、お米と煙草、少しお送り致しました。田舎には何もございませぬ。お許し下さいませ。
 ――――
 一昨日姫路へ行きましたちょっとの留守に泥棒にはいられて、着物をすっかり取られてしまいました。生きた心地もなく、もう死んでしまおうと思います。考えていると、胸が痛くて御飯もたべる気が致しませぬ。
 たまらなく淋しく悲しくなります。私が死んで、もし何か残るものがありましたら、それを先生にお貰い申して頂きましたら、どんなにうれしいことだろうかと思われますけれど、これはほんとうに失礼な申し分でございましょう。
 どうか私に先生のことをお想いすること許して下さいませ。それだけが私の心に仕合せな夢見心地を与えます。
 ――――
 私はたまらなくて、またお手紙致します。先生は、私がいやになったということさえ、もう仰言っては下さらないのでございましょうか。お願いでございます。そのこと一言仰言って下さいませ。早く早く、一刻も早く、それをきか
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