を組み肩を抱えまでするのが、一つ。も一つは、連れがあろうとあるまいと、そんなことには頓着なく、恰も自分一人ででもあるかのように、気の向く方へ、鼻の向く方へ、さっさと歩き去ってゆくのだ。
 武田はたいてい後者だった。他人は眼中になく、独立独歩の調子だった。最近、周囲に対する顧慮を聊か示すことが多くなったようで、社交的になったのかなと、私は内心微笑したものだった。小林で飲んでた頃は、二人で対坐していても、何かをふと思い出しでもしたかのように、すっと立ち上ることも珍らしくなかった。もっとも、私の方にもそんなことはあった。
 だから、あの夜明け、武田が親切だったと女中に聞かされて、私はちょっと腑に落ちない気がすると共に、へんに淋しい心地になった……それを、今、はっきりと思い出すのである。
 日華事変から次で戦争中、多年、私は武田に逢わなかった。だがいつも親しい気持ちでいた。終戦後、逢う機会が多くなり、武田のうちに或る種の社交調を見出して、ちらと微笑めいた落着かなさを感ずることがあった。そして、いつかゆっくり二人で飲みたいものと思った。
 その武田が突然、まったく突然、亡くなってしまった。過労になるほど仕事をしなくても、と思うのは、吾々凡根の故か。ただ、私は淋しい。武田が居なくなったことが淋しい。



底本:「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」未来社
   1967(昭和42)年11月10日第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2006年4月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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