いた。夜中に私がふと不安な心地で我に返って、彼女の寝ている方を窺うと、二燭の電燈のぼんやりした光の中で、布団の上に坐ってる彼女の寝間着姿が見えた。私は喫驚して息を凝らした。やがて彼女はぶるっと一つ身震いをして、傍に寝ている達夫の方に屈み込んで、その額に頬を押当てた。暫くすると立上って、ふらふらと室を出て行こうとした。私は飛び上ってその手首を捉えた。
「何処へ行くんだ!」
私の手の中で彼女の手首はぶるぶると震えた。それから石のように冷たく固くなった。
「放して下さい、退《ど》いて下さい。」と彼女は夢遊病者のような声で云った。「私はあなたの側にいるのが厭です。他の室へ行って下さい。他の家へ行って下さい。暫く旅に行って下さい。それでもあなたが此処にいると仰言るなら、私が出て行きます。暫く何処かへ行ってきます。いえ、放して下さい。」
彼女は無理に身を遁れようとした。私は力の限りそれをねじ伏せて、彼女の布団の中に押入れた。
「お前が僕と一緒に暮すのを厭がるなら、そのようにしてやる。僕は考えてることがあるから、今に何もかも片をつけてやる。二三日待っててくれ。」
そして私は自分の布団にもぐり込
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