てしまいには、河野さんに話して下さいとただそれだけ云った。俊子は仕方なしに河野さんへ相談した。そして松本と光子との恋愛だけを話したが、話はそればかりじゃあるまいと河野さんに突っこまれて、遠廻しに事情を匂わした。河野さんは黙って耳を傾けて、「火鉢の底がぬけやしないかと思われるほど、火箸を灰の中につき立ててぎりぎりやって」いたが、ふいに「眼をぎょろりとさして」一切のことを打明け、私のことまでさらけ出した――勿論私と光子とのことを、彼はどの程度まで知っていたか、またどの程度まで俊子に話したか、それは私には分らない、が兎に角、俊子はそれを聞いて「消え入るような思い」をした。河野さんは彼女を慰めた上で、そういうことになってる以上は松本の方の意志次第だと云った。松本という人がある以上はこれから自分が光子を清く保護してやると誓った。
俊子の心を絶望的に激昂さしたのは、勿論私と光子との関係が第一ではあったろうけれど、河野さんの取った処置もまたその一つだった。翌日私は、松本がやって来ないことにふと気付いて、さすがにしきりと気にかかってきて、思いきって俊子へ尋ねてみた。
「松本君はどうして来ないんだ?」
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