女に逢うと愛情が起るんでしょう! 性慾を軽蔑していたなんて、よくも図々しいことが云えたものですわ。」
「いや実際少しも光子に心を動かしたのじゃない。肉体的に躓くことはあったにしろ、僕は心の上では一度もお前に背いたことはないつもりだ。それだけはお前も信じてくれていい筈だ。」
「それでは、あなたはどうして私を河野さんの家へおやりなすったのです? なぜその前にこうこうだと仰言らなかったのです? 私にあんな恥しい目を見さしておいて、何が心の上では……でしょう。私河野さんの前で、ほんとに穴でもあればはいりたいような、泣くにも泣かれず、額からじりじり汗が出て……。」
「え!」と私は思わず声を立てた、「河野さんが……河野さんがお前に云ったのか。」
 私の心の奥に巣くっていた浅間しい感情が、突然はっきりと姿を現わしてきた。そういう私がそういう場合に彼女に嫉妬するとは、何ということだったろう! 然しその時私は忌わしい想像を振り落すだけの力がなかった。
「どんな風に、どんな場合に、河野さんはお前にそれを話したのか?」
 彼女は呆気に取られたように私の顔を見守った。私はなお執拗に迫っていった。すると突然、彼
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