と遠い所に……雲をでも掴むような所にあった。そして、その本当の仕事がいつまでも掴めないし、張りのない安穏な生活にはまってしまうし、子供は殖えてくるし、自分はいつしか三十の年を越してゆくし、遙かの先まで平坦な道の続いている自分の一生が、妙に味気なく見渡されて、何か或る驚異を求める焦燥の心が萠し、それかって別に面白い冒険もなし得ずに、いつしか酒と煙草とに耽るようになった。外で飲まなければ家で必ず晩酌をやり、敷島を手から離すことがなかった。酒と煙草とは精神の一種の手淫である。その不自然な精神的淫蕩に沈湎してるうちに、私の脳力も体力も衰えてきて、その直接の現われとしては、前に述べたようなひどい性慾減退を来し、また内的には、全く意志の力を失ってしまった。もう今迄のあやふやな生活を擲って、何か一つ自分の一生の仕事というものを選ぼうと思ったり、また直接当面の事柄としては、酒と煙草とを止そうと思ったりしたが、本当の決心が私には出来なくて、いつもぐずぐずに終っていった。そして私の精神はだらけきり、私の生活はなまぬるい陰欝なものになり、而も私の魂はまだ諦めきれずに、いつも落着かない焦燥のうちに悶えていた。
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