ら服装から言葉遣いまで、女中というよりは寧ろ女学生といった風な二十歳ばかりの女が、私の許へ夕食の膳を運んできた。そしてお給仕をしながら、そういう場合のありふれた会話の間々に、彼女は私の方へちらちらと黒目を向けた。もっと詳しく云えば、両方の黒目が薄い上眼瞼に引きつけられて、恰も近視の人が額に物をかざして眺める時のような眼付、もしくは、若い女優が舞台の真中に立って空を仰ぐ時のような眼付、そういった風などこか不安な色っぽい眼付なのである。それでいて決して上目を使っているのではなく、真正面に私の方を見てるのだった。私がそれに注意を惹かれて捕えようとすれば、瞳にさっと細やかな光が揺れて、黒目は元の――普通の――位置に復してしまう。後で私は知ったのであるが、北海道の女には、殊に不品行な女には、そういう眼付を持ってる者が多いようである。然しただ彼女の眼付には、不品行などという影は少しもなく、固より処女ではなさそうだけれど、濁りのない純な光が輝いていた――が或はそれも、純白な白目のせいかも知れない、と今になって私は思う。この女が、月岡光子だった。私はその温泉に五六日滞在していたので、光子とは可なり親し
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