ことが出来た。殊に私のそういう皮肉さを助長するかのように、松本は私が晩酌をやってる所へ飛び込んできたのである。
晩酌は私の日課になっていた。そしてその晩の晩酌は、いつもより少し長引いていた。俊子がくどくどと先刻の話を繰返すのへ、ぼんやり耳だけを貸しておいて、私は自分の陥った落莫とした心境に、じっと心を潜めていた。食事を済した子供達が隣りの室で、「チイチイパッパ、チイパッパ、雀の学校の……。」といったようなことをして遊んでるのを、靄越しにでも見るような不思議な心地で、ぼんやりと眺めながら、知らず識らず杯の数を重ねた。そこへ松本がふいに姿を現わした。彼は座敷へ通されるのを待たずに、私達がいる茶の間の方へ自分からやって来た。その自信ありげな露わな眼付を見た時、私の気持に不思議な変化が起った。今までもやもやと立罩めていた霧が急に霽れて、自分の周囲がぱっと明るくなったような心地だった。そして私の頭には、三人の子供を隣室に遊ばせ、台所に女中を控えさし、妻を側に坐らして、その真中に納まりながら――何の能もない自分が家庭という巣の中に納まり返りながら、酒にほてった赤い顔をし、額に泰平無事の快い汗をに
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