流れていて、池の水は冴々と澄みきっていた。藻の影にじっと浮んで動かない鮒の群がいたり、水の面に黄色い花が一つぽつりと咲き残っていたりした。そして杉の林と古い池とから醸される幽寥な気が、それらのものに塵外の静けさを与えていた。でも私は淋しくなかった。あたりの景色が静かであればあるほど、遠い旅にでも出た気になって、解き放された自由な喜びを感ずるのだった。殊に光子は溌刺としていて、明るい日向に出ても薄暗い森影にはいっても、同じような眼の輝きを失わなかった。
「私何だかさっぱりして、気が清々《せいせい》して、もうどうなったって……この池にはまって死んじゃったって、構いませんわ。」
 そんなことを云いながらぐんぐん歩いて行った。先刻の訳の分らない腹立ちがけし飛んで、その昂奮だけが残ってるような調子だった。小鳥が鳴いてる、花が咲いている、鮒が浮いてる、杉の芽が綺麗だ、ほんとにいい天気だ、などとそんなことを短い言葉で独語のように云いながら、それでも心の底には、何かしらじっとしていられないものが渦巻いてるといった風に、出来るならば宙を飛んだり地面に転がったりしたいような素振だった。で私は彼女を見てるう
前へ 次へ
全89ページ中27ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング