「そりゃ誰にだって分らないでしょうけれど……でも何だか変ですね。」
此度は彼女も本当に腹を立てたらしかった。私の言葉には返辞もしないで、自棄《やけ》気味に日傘を引きずりながら、真直ぐを見つめて歩き続けた。私も黙って後からついていったが、次第に心の落着き場所を失ってきた。彼女の真剣な話を変な風にはぐらかしてしまったのはよいとして、その納りをつけるのに困った。しっくりと彼女の腑に落ちる事を云ってやりたかったが、その言葉が見付からなかった。そして知らず識らず足をゆるめていると、彼女はふいと向き直って、だいぶ後れてる私の方へ焦れったそうに呼びかけた。
「先生、もっと早く歩きましょうよ。私この池のまわりを何度も廻ってみたいんですの、幾度廻れるか。」
「そんなことをしてどうするんです。」と私は云ったが、彼女のぼーっと上気してるらしい顔と、眸の据った輝いてる眼とを見ると、すぐそれにつり込まれてしまった。
「私もう何にも考えないわ、馬鹿馬鹿しい!」と彼女は投げやりの調子で云った。「この池のまわりを七度廻って、それでおしまい。」そして彼女はとってつけたように笑った。
西に傾いた日脚が赤々と杉の梢に
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