した。恐ろしくて恐ろしくてなりませんでしたし、次には悲しくてたまりませんでした。私は生れて初めて本当に心から泣きましたの。
私はもうとてもあなたにはお目にかかれませんわ。この手紙が届く頃には、私は他の処へ行っていますでしょう。どうか行方を探さないで下さいまし。お目にかかれる気持になりましたら、私の方からあなたの所へ参ります。ただそれまでは、どうしてもいけませんわ。
今になって私はあなたのお心がようく分ったような気が致しますの。ほんとに何もかもお許し下さいまし。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から2字上げ]光子

 中身は月日も宛名もないただそれだけのものだった。私はくり返し読みながら、いつまでも顔が上げられなかった。
 松本は暫くして、自ら進んで云い出した。
「私は河野さんに呼ばれて全部の話を聞かされました。そして一日中考えてから、是非とも光子さんと結婚する気になったのです。あの女《ひと》の生《き》一本な一徹な性格がひどく私の心を惹きつけたのです。今ではもう恋してると云ってもいいかも知れません。」
 私は俄に顔を上げた。
「それで、君は彼女を探そうというのか。」
「いえ、探しはしません。今探し出して捕えるのは却って悪いと思います。私はただ待ってるつもりです。あの女《ひと》は屹度私の所へ戻ってきます。半年か一年か二年か、それは分りませんが、鍛えられた心で必ず私を訪ねてくると信じています。……そう云えばまた、理想主義者だとあなたに笑われるかも知れませんが、私はどこまでも理想主義で押し通してみます。」
 彼の言葉の調子からかまたはその表情からか、どちらからとも分らなかったが、その時私は心に電気をでも受けたような感じを覚えた。
「君は……僕に意趣晴しをするために来たのか。」
「いいえ、ただこういう風になったとお知らせに上っただけです。」
 そして私達はじっと眼と眼を見合った。ぴたりとぶつかった視線で力一杯に押合ってると、やがて彼の眼の光がむき出しになってきた。
「そうです、」と彼は云った、「私はあなたをこのままでは済ませないと思っていましたが、もうそんなことはどうでもいいような気がしてきました。馬鹿げきったことです。」
 私は俄にかっ[#「かっ」に傍点]となって、顔を真赤にした……と思うだけでなおかっ[#「かっ」に傍点]となって、大きな声を立てた。「帰り給え。もう出ていっ
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