た。何もかもごったになってはてしがつかなかった。それを一々書くのは無駄でもあるし、また書ききれるものでもない。私達は口早に云い争ったり、長々と説明したり、可なりの間黙り込んだりして、夜中の三時過ぎまで起きていたのである。そして全体としては、彼女は次第に攻撃的になって嵩《かさ》にかかってき、私は次第に受太刀になって詭弁を弄したが、それも結局二人の間を益々乖離させるばかりだった。彼女は私の云うことを真正面から受け容れはしなかったし、私は彼女の問に卒直な答をすることが出来なかった。その上彼女も私に対して卒直な口の利き方をしなかった。殊に河野さんの家でどんなことが起ったかについては、初めから一度もはっきりしたことを話さなかった。私は後で彼女の言葉を綜合して、大凡次のようなことを知ったばかりである。
俊子が俥で乗りつけた時、河野さんはまだ晩酌をやっていた。で彼女は一寸挨拶をしておいて、光子に別室へ来て貰った。そして松本がやって来た転末からその希望などを話して、光子の心を聞きに来た由を告げた。所が光子は顔を伏せたまま、初めから一言も口を利かなかった。いくら尋ねても「石のように押黙って」いた。そしてしまいには、河野さんに話して下さいとただそれだけ云った。俊子は仕方なしに河野さんへ相談した。そして松本と光子との恋愛だけを話したが、話はそればかりじゃあるまいと河野さんに突っこまれて、遠廻しに事情を匂わした。河野さんは黙って耳を傾けて、「火鉢の底がぬけやしないかと思われるほど、火箸を灰の中につき立ててぎりぎりやって」いたが、ふいに「眼をぎょろりとさして」一切のことを打明け、私のことまでさらけ出した――勿論私と光子とのことを、彼はどの程度まで知っていたか、またどの程度まで俊子に話したか、それは私には分らない、が兎に角、俊子はそれを聞いて「消え入るような思い」をした。河野さんは彼女を慰めた上で、そういうことになってる以上は松本の方の意志次第だと云った。松本という人がある以上はこれから自分が光子を清く保護してやると誓った。
俊子の心を絶望的に激昂さしたのは、勿論私と光子との関係が第一ではあったろうけれど、河野さんの取った処置もまたその一つだった。翌日私は、松本がやって来ないことにふと気付いて、さすがにしきりと気にかかってきて、思いきって俊子へ尋ねてみた。
「松本君はどうして来ないんだ?」
前へ
次へ
全45ページ中36ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング