ぎることが多かった。母親は起きて待っていた。そのことで或る時二人は喧嘩をした。
「表の締りをしないで寝るのが、いくら不用心だからって、起きて待っていられると、落ちついて球も撞けないじゃありませんか。お母さんがいつまでも起きて待ってるというなら、僕だって意地です、いつまでも帰って来やしませんよ、夜が明けるまで帰って来ませんから……。」
そんなことがあって、それから後は、母親は先に寝てしまうことになった。表門に鍵をかって、中の格子と戸だけを引寄せておいた。彼はその表門を乗り起して[#「乗り起して」はママ]はいって来るのだ。
そして彼はいつも、睡眠不足の蒼黒い顔色をしていた。
ただ、彼のそうした耽溺は、時々対象が変っていった。碁に夢中になって、碁会所に入りびたってるかと思うと、何かのきっかけで行かなくなってしまった。そして友人と二人で、碁会所の前なんかを通りかかると、そちらをじろりと見やりながら、さも憤慨してるような調子で云い出した。
「碁会所に大勢人が居並んでるところを見ると、僕は変に憂欝になってくる。狭苦しいところに、何人もずらりと向き合って一日中坐り通して、白と黒との小さな石を掴
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