が、ふいに云い出した。
「君の云う通りだ。僕は自分でも自分を制しきれなくなる時がある。君だから打明けるが、僕はとんだ破廉恥なことをやりかけたことさえある。……或る晩遅く、薄暗い横町を一人で通っていた。すると、どこかの女中らしい若い女と、ぱったり出逢ったのだ。断っておくが、君も知ってる通り僕はさほど性慾的な方じゃない。時々いかがわしい方面へ出かけていって、まあ生理的の必要だけは満たすこともあるが、決して深入りはしない。さっぱり面白くないんだ。球や碁やテニスには夢中になることもあるが、女には決して溺れない。それが、僕のひそかな矜りだった。ところが、その晩、どんより曇ったむし暑い晩だったが、夜目にまるまると肥ったその肉体と、ぱったり出逢った時、僕はどうしたはずみでか、ふいに、今晩は……と声をかけてしまった。馬鹿げた挨拶さ。だが、酔ってたんじゃないよ。全くの白面《しらふ》なんだ。そして声をかけながら、咄嗟にその女の手を握ってしまった。はっと思った時には、女は何やらがーんと響く声を立てながら、僕に武者振りついて来ようとしている。僕はもう……心が顛倒したというか、女を突き飛しておいて、一散に逃げ出
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