障子を閉め切り、火鉢に炭をついで湯気を立たせ、母親と少しばかり話をし、それから寝転んで、新聞や雑誌をくり拡げ、時々障子の腰硝子から彼の方を覗いてみた。
 庭といっても、七八坪の狭いものだったが、植込や配石など相当に拵えられていた。それを彼は、跣足になり裾をからげ、シャベルや鍬や鋏を持ち出して、やたらにかき廻していた。大きな石を据え直したり、木を植え直したり、それをまた何度もやり直したり、石のまわりの竜髭《りゅうのひげ》を取除いてみたり、再び植えつけてみたり、それから庭の隅に穴を掘って、その土で或る部分に土盛りをし、足で丹念に踏み固めたりして、今すぐだというその仕事が、永遠に終りそうもなかった。
 仕事の合間には一寸縁側に腰を下して来て、泥の手で煙草を吸いながら、室の中に声をかけた。
「どうです、気分は……。障子を開けましょうか。」
 私は喫驚して、肺炎だというのに障子を開けちゃいけないと云った。然し彼は、一寸なんだからと弁解して、障子を少し引開けて、うとうとした眼を見開いてる母親の顔を眺めてから、また庭の仕事の方へ行った。その後で私は、腰を伸して障子に手をかけた。
「まだ陽気がさほどでもありませんから閉め切った方が宜しかありませんか。」
「ええ……。」
 母親は曖昧な返辞をして、人の善い微笑を浮べた。私は構わず障子を閉めきった。
 そんなことが二三度くり返された。そして何時間かの後、もう日脚が隣家の屋根に遮られてしまった頃、彼は漸く足を洗って上ってきた。
「ああ疲れた。」
 私は少し憤慨していた。いくら自分が庭で働いてるからって、肺炎の母親が寝てる室の障子を開け放す法はないと、そう思ったばかりでなく、実際口に出して彼をたしなめた。が彼は平然としていた。
「そりゃあそうだが……然し……もうよほどいいんだよ。ね、お母さん、いいんでしょう。今日は大変いいんですね。」
「ええ、お影さまで……。庭の仕事は、もう済みましたか。」
「済みました、すっかり。これでさっぱりした。」
 そして彼等親子は、晴々とした眼付で微笑み合っていた。それから、そのままの笑顔で、私に向って云うのだった。
「思い立ったら、まるでもう赤ん坊のようでございましてね……。」
「いや、余り長く待たして済まなかったね。」
「なあに……。」
 とただそれだけで、私は苦笑するより外、何と答えていいか分らなかった。彼
前へ 次へ
全13ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング