が、彼の姿は何処にも見えなかった。けれども二三日目から、殆んど毎朝のように、御門の中に立っている彼を見出すようになった。ただ私がいくらか束の間の安堵をしたことには、彼の白い着物が新らしく綺麗になっていたし、顔色なんかも休暇前よりはずっとよく、髪も短く刈り込まれているし、髯はいつもちゃんと剃られていた。頬はやはりこけていたが、すべすべとした艶が見えていた。箒をいつも手にしながら、私の姿を見ると、楓の幹に軽く身を寄せたりして、わざとらしい嬌態をすることがあった。顔では笑わなかったが、眼付で微笑んでいた。時とすると、楓の幹に投げかけた片手に、新らしいハンケチを持ってることなんかもあった。私はその無骨なお坊さんの様子が、かく俄に変ってきたのを見て、軽い笑いを唆られることさえあった。それからまた彼は、私の学校の帰りには少しも姿を見せなかった。彼が門内に佇んでいるのは、爽かな日の朝に限っていた。青々とした楓の葉の下に、まだ朝露を含んでいそうに思われる清らかな空気に包まれて、箒を片手に苔生した地面の上に佇んでいる彼の顔を、私は初めて美しいと思ったことさえある。
 かくて彼に対する私の警戒は次第にゆる
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