がどくろ首のように、すっと石碑から離れると同時に、白い着物の彼の姿にのっかって、其処につっ立っていた。私は心の中で大きな叫び声を立てながら、一生懸命に逃げ出してしまった。
 家に帰って自分の室に落付くと、漸く私の心も静まって、先刻の恐怖が馬鹿々々しいようにも思えてきた。けれどもなおよく考えると、彼の素振りの意味が分らなくなるのであった。なぜ秋の頃のように、あの清らかな庭の中に立って、美しい楓の若葉を背景にして――楓の若葉くらい美しいものはない――、穏かな笑顔で私に逢ってはくれなかったのか? なぜ石牌の影に隠れて、首から上だけつき出しながら、恐ろしいほどじっと私を見つめたのか? 私はその時の彼の顔をどうしても思い出せない。ただ陰欝な顔であったこと、顔と頭と全体で私を見つめていたこと、それだけを覚えている。
 その四五日、私は彼の姿を見なかった。所が或る日、檜葉の茂みに隠れて私の方を眺めてる彼を、通りがかりに見出したのであった。それから後は、私の方でも注意し初めた。すると、植込の影や、石牌や築山の影などから、私の方を窺ってる彼の姿を、度々見出すようになった。それを見出さなくても、何処からかじっと覗かれてるような気がした。私はお寺の前を通るのが、非常に気味悪くなった。
 五月の初めだったと思う。私が学校の往きに通りかかると、彼は箒を手にして、而も別に庭を掃くような様子もなく、御門のすぐ向うの石畳に、ぼんやり立っていた。私は喫驚したが、物影から覗かれるよりはまだよかった。所がその日学校の帰りにも、やはり同じ姿勢の彼を見出したのであった。その時、彼の顔が非常に蒼ざめてること、彼の白い着物が薄黒く汚れてることに、私は気付いた。彼は私をじっと眺めたきり、かすかな微笑みも見せなかった。私はしいて何気ない風を装いながら、少し足を早めて通りすぎた。
 今考えると、私は馬鹿だったのだ、何にも知らなかったのだ!
 其後私がお寺の前を通る毎に、箒を手にしてる彼の姿が、いつも御門の中に見えるようになった。彼は私の方を髪の毛一筋動かさないで、石のように固くなって見つめるのであった。その白い平素着は、薄黒く汚れている上に皺くちゃになっていた。顔は真蒼に艶を失って、頬がげっそりこけていた。髪の毛も五分刈位に伸び乱れて、薄ら寒い髯が生えてることが多かった。髯を剃った時には、頬のこけているのがなお目立っ
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