の中には、何かしら賑やかな雑踏の方へと、渦巻き濁った蒸《む》れ臭い方へと、人を引き寄せる誘いがある。それが都会の蠱惑である。
私はその蠱惑にかかって、ただぼんやり歩いてるうちに、ひしと心に迫る淋しさを覚えてきた。そしてしきりに顧みさせられる自分自身の姿は、自然から根こぎにされ都会から窒息されかかってる、惨め極まるものだった。深い憂欝に胸が塞がれて、何とも云えない息苦しさを肉体的にまで覚え初めた。然し私とても、愛する妻や子や温い家庭があり、またはやさしい恋人があったら……否そういうものはなくとも、変化と余裕とのある生活と金とさえあったら、揚々として都会の大通りを活歩したかも知れない。或はそういう生活と金とが、私一人の所有でなくとも、せめて万人の共有であって、私も自分の分前だけそれを享有することが出来たら、私は恐らく息苦しさを覚えないで済んだであろう。……そんなことを考えながら、而も遠い夢の国のことをでも考えるような風に考えながら、私は益々自分自身や凡てのものが忌々しくなってきた。そして窒息する者が四肢を振り動かすような、そんな風な身振で、通行人の頭を殴りつけるか、街路樹にぶつかってゆく
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