がら齷齪してる、自分自身の小さな姿だった。そして私は、久しぶりで人間らしいしみじみとした気持になって、兄へ手紙を書き初めた。
所が、その手紙がどうしても出来上らなかった。一通り時候の挨拶や無沙汰の詫びなどをして、さてその次に書くべき事柄が見当らなかった。近頃の様子を知らしてくれと兄は云ってるが、何を今改まって知らせるべきことがあったろうか? 朝起きてから夜眠るまでの、毎日同じような生活をか? いやそんなことは兄が既によく知ってる事柄である。何にも変ったことはないと云えばそれまでだけれど、田舎の生活と違って都会の生活では、変らないということは文字通りに無変化を意味する。それが兄に分るものか。いや兄ばかりではない、そういう生活を自らした者以外には、誰にだって分りはしない。
私は書きかけの手紙を裂き捨てて、立上って室の中を歩き廻ったが、そのままの足でふらりと外に出た。然し私がそうして街路を歩いたのは、ただ運動のための散歩や、苦しい思いに駆られた歩行などとは全く異った意味のものだった。私は室の中を歩き廻ってるうちに、地面の上を、しっかりした大地の上を、馬のようにぽかっぽかっと歩いてみたくな
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