、堪らなく陰鬱なまた苛立たしい気持になっていった。幸福でも不吉でもいいから、力一杯胸一杯のものがほしかった。余儀なく引きずられてゆくような息苦しい生活は、思っても堪らなかった。そして私は、もう外に出る気もなくなって、その楽しかるべき日曜を、薄暗い三畳の室に寝転んで、疲憊しきった惨めな焦慮のうちに、午後の三時頃まで過してしまった。その時、国許の兄から手紙が来た。「親展」と大書してあった。何事だろう? と咄嗟に考えたが、次の瞬間には、兄はどんな手紙にも必ず「親展」と書き誌す癖があることを思い出して、何だかはぐらかされたような気持になり、別に急ぐでもなくまた急がぬでもなく、封を切って読んでみた。
[#ここから2字下げ]
よほど暑気に相向い候処其許様にも相変らず御無事のことと存上候内方一同元気に御座候間御安心下され度父上も例の通り御達者にていつも野良に出て若者も及ばぬほど働き居られ候健作も日ましに大きくなり此頃にては外の仕事にも連れ行き居り候川の土堤などにてわるさをして困り妻女はその方に気を取られて碌に仕事に手もつかぬほどの次第に有之候晩にはいつも其許様のうわさを皆して申居候此節少しも御便りな
前へ
次へ
全34ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング