立ってるものである。高笑いをして舌なめずりをしてる、労働者等の幅広い肩を、私は小突き廻してやりたかった。
 活動写真が済んでしまった頃とみえて、騒々しかった表の人通りが、いつしか静まり返っていった。私は急いで残りの酒と肴とを平らげて、ぷいと外に出た。蒸し蒸しするどんよりした晩だった。空もじっとりと汗ばんでるかと思われた。煤けたままを拭き込まれて黒光りのしてる大黒柱、そういった気持を私は力強く懐いて、狭いうねうねした路次の方へ滑り込んでいった。出口のない息苦しい生活にいじめつけられた私のうちにも、なお強烈な熱っぽい力が残っていた。私は見当り次第のとある家へ、こちらからはいるともなく誘い込まれるともなく、よろよろとした酔っ払いの足取りで、臆面もなくにゅーっとはいっていった。
「誰でもいいから一人来てくれ。」
 云いすてて私は二階の狭い室に通った。が実は、誰でもいいのではなかった。私が求めているのは、健かな豊満な、殴りつけてもびくともしないような、そして抱擁力の強い肉体をであった。然しまさか、肥っちょの大きいのをとは註文しかねた。運を天に任せる気で待っていると、否待つまでのことはなく、私のす
前へ 次へ
全34ページ中25ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング