一時の気分から行われるだけで、そしてどちらも、立派に罪悪を構成するじゃないですか。動機よりも行為の性質が根本の問題でしょう。」
「そうですかね。では人殺しはそれとしまして、例えば、或る気持から他人の品物を毀すとしましたら、それでもやはり重い罪になりますでしょうか。」
「ええ、立派な器物毀損罪ですね。一寸考えると、悪戯《いたずら》に毀してやれというくらいな気持で、他人の器物を毀すようなことはよくありますが、器物と云って軽蔑するのが間違いです。僕一個の考えですが、世の中に凡そ一定の形を具えてるものはみな尊敬すべきです。生命のあるものは勿論ですが、無生の器具でも、それにはみな、それを拵らえ上げた人間の労力が籠っているものです。例えて云えば、貨幣は単なる紙や金属ではなくて、人の労力を具体化したものであると同じように、器物もみな、それを拵らえ上げた人間の労力を具体化してるものです。だから器物を毀すということは、人間の労力を毀すことで、本当の意味から云えば、可なり重い罪悪になるのが当然です。」
「けれどそれを拵らえた人は、もうそれだけの代価を得てるじゃありませんか。」
「それは得ています。その代り
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