がら齷齪してる、自分自身の小さな姿だった。そして私は、久しぶりで人間らしいしみじみとした気持になって、兄へ手紙を書き初めた。
所が、その手紙がどうしても出来上らなかった。一通り時候の挨拶や無沙汰の詫びなどをして、さてその次に書くべき事柄が見当らなかった。近頃の様子を知らしてくれと兄は云ってるが、何を今改まって知らせるべきことがあったろうか? 朝起きてから夜眠るまでの、毎日同じような生活をか? いやそんなことは兄が既によく知ってる事柄である。何にも変ったことはないと云えばそれまでだけれど、田舎の生活と違って都会の生活では、変らないということは文字通りに無変化を意味する。それが兄に分るものか。いや兄ばかりではない、そういう生活を自らした者以外には、誰にだって分りはしない。
私は書きかけの手紙を裂き捨てて、立上って室の中を歩き廻ったが、そのままの足でふらりと外に出た。然し私がそうして街路を歩いたのは、ただ運動のための散歩や、苦しい思いに駆られた歩行などとは全く異った意味のものだった。私は室の中を歩き廻ってるうちに、地面の上を、しっかりした大地の上を、馬のようにぽかっぽかっと歩いてみたくなったのである。出来ることならば、冷々とした黒土の上を跣足で踏みつけてみたかった。余し外に出てみると、跣足になることが出来なかったばかりでなく、私の足は自ら、賑やかな大通りの方へ向いてしまった。
陰欝な曇り日の、夕方近い薄ら影に包まれた街路は、妙に落付きのない雑踏を示していた。人道にも、車道にも、異った二つの調子が現われていた。やけに速力を早めた自動車や自転車と、ゆるゆると歩いてる空の荷馬車とが、不調和に入れ乱れていたし、また、煙草でもふかしながら――実際に紙巻をくわえてる者もそうでない者もあったが――ぶらりぶらり歩いてる人々と、何か風呂敷包でも下げながら――実際に荷物を持ってる者もそうでない者もあったが――慌しげに小足を早めてる人々とが、くっきりと際立っていた。それからどの電車も、停留場毎に停っては、客を吐き出したり呑み込んだりしながら、いつも溢れるばかりの満員だった。それらのごたごたした混雑の中に、干乾びたアスファルトの上に、私は自分を見出して、何のためにこんな所へ出て来たのかと、惘然としてしまった。大地の肌に触れたければ、寧ろ閑静な裏通りの方へでも行くべきではなかったか。然し都会
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