と……ここに一人あらあね。」
 突然大きな声で、そのあとは威勢のいい笑い声となった。
 それは、先刻から――或いはもう幾時間も前から、茶店の上り框の片隅に腰掛けて酒を飲んでる、四十四五の年配の木挽だった。
 茶店の中には、三人きりだった。木挽の言葉は私を指すのか或いは彼自身を指すのか……。腑に落ちない眼付を私は彼の方に向けた。
「尤もおらあ、お客じゃあねえが、やはり旅の者だあね。ああどうやら、いい気持になった。こんな時には酒に限らあ。旦那も一杯いかがで……。どうもね、旦那、あっしも今日という今日は、年齢《とし》だってことを、つくづく感じたね。」
 そこで、茶店の主人は黙りこみ、木挽が一人で饒舌り立て、私がその聴手となった。
 紺の絆纒、腹掛、脚絆、草鞋ばき、膳の上には鯣と四五本の銚子、風呂敷に包んだ大きな鋸が土間の戸に立掛けてある。そして彼は地酒の酔に日焼の顔を輝かしながら、立続けに饒舌った。その酔余の冗言を言葉通りに写せば長くなるから、概略すれば――
 彼は鋸一本で……それと腕っぷしとで、日本全国を股にかけて歩いてる独り者だった。金がある時には、温泉に浸る、女を買う、兎や山鳥を食う…
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